1:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 22:56:31.42 ID:7V25B/L8o
夏。僕は受験生としてそれなりに燃えていた。
過去五年間を振り返ると恐ろしく退廃的で人間とは思えない生活をしていた。中高一貫教育の弊害かと思ったが周りを見るとまともな人間ばかりであり、五年間で身につけた責任転嫁能力を以てしても如何ともしがたい現実は目の前に横たわっていた。
しかし、いざ六年生となると意外と朝六時に起きたりするもので、自分自身かなり驚いた。
引用元
或る阿呆の夏休み
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1346421391/
2:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 22:58:58.44 ID:7V25B/L8o
現状成績は恐るべき低空飛行。高いところから飛び降り滑空していたわけではない。上昇気流を逃したわけでもない。エンジンの馬力が余りにも弱すぎた。安物のエンジンを積んだ飛行機は毎学期毎学期、単位線あるいは30-Lineと呼ばれる直線の上を通ったり下を通ったりしていた。墜落しなかったのが奇跡である。
3:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 23:02:35.49 ID:7V25B/L8o
しかし、五年に渡り安物エンジンを使っていたため、予算がどんと余った。余った予算で受験生の夏を乗り切る為のハイスペックエンジンを購入。恐ろしく馬力が違う。眼下に広がる世界が広く見える。切る風の音が違う。太陽により近付いた。なんと太陽は暖かいのだ。あわよくばこのまま太陽に……
現実はそれほど甘くはなかった。
4:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 23:04:39.01 ID:7V25B/L8o
いくらエンジンの馬力を上げても機体が古過ぎたのだ。搭載できる燃料の量が余りにも少ない。現状を懸念しオープンキャンパスに参加した。しかし、満足な量の油は得られず、日に届かず己が落とす影を見つめながら落下していき、最後には地の味を舐めるのだろうか。その前に前歯が折れて血の味を舐めるのだろうか。
恐ろしい高さに自分はいるように感じた。
10:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 23:08:22.97 ID:7V25B/L8o
夏休みが終わるにつれ、だらだらとする時間も増えてきた。オープンキャンパスで教授が「運動せんと阿呆になりますえ」という旨のことを滔々と述べられていたことをふと思い出した。ほとんど寝ていたような気もするが演説も説明文も大体要旨は最後に来るはずなのでおよそ間違えは無いはずだ。
善は急げという事で実験途中の確率の問題を放り出し、朝から着替えていなかったのでスボンだけ履き替え、サンダルを引っ掛け、庭に置いてある妹の自転車のペダルを踏んだ。n回目の試行について考えるより、大学教授が仰った一つの解答を鵜呑みにし、風を切り続ける方が有意義に感じられた。ちなみに僕の自転車は知らぬ間に捨てられていた。
12:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 23:13:04.24 ID:7V25B/L8o
久しぶりの外は熱そのものであった。
切る風、アスファルトの持つ熱、またその匂いが体に入ってくる夏特有の感覚。
すべての言葉は熱に収束してしまう、恐るべし家の外。
家を出て、二つ角を曲がった当りで猛烈にコンビニに行きたくなった。
目的もなく走っているつもりであったが、目的が無いのは頭の中だけで体は自然と幼い頃、つまりおよそ十年昔に走り回った山を目指していた。その方面にコンビニはなかった。
走ること数分数年前の遊び場が近づいてきた。
僕は唖然とした。
遊び場、山がない、山がないのだ。
確かに少しづつ切り崩して住宅地にしていたのは知っていた。しかしまさか、鬱蒼と茂り雉や狸が棲息していた遊び場が、完全にアスファルトに舗装され幼児が走り回れるようになるとは思いもしなかった。
これも近代化の波によるものかと汗と涙で顔をベタベタにしたまま振り返るものかとペダルを踏んだ。
13:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 23:16:46.12 ID:7V25B/L8o
可愛らしい小学六年間も終わりに近づき、卒業まで指折りといった頃、お受験の結果、見事第一志望校に進学が決まった。
一段落して、時間の出来た僕は友人率いるちびっ子自転車軍団でよく隣町に強行した。地元は遊び尽くしたのだ。
その時の帰り道に幼き冒険心で立ち入った丘があった。どこまで続くのか検討もできず、頭に地図の描けなかった僕達は諦めて引き返した。
その丘が次のターゲットになっていた。
14:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 23:18:54.47 ID:7V25B/L8o
日は段々と暮れて、宇宙的な深みを持ちながら「静寂」と静かに訴えるような蒼い空気と「生命たれ!」と怒鳴っているような朱い夕陽が鈴鹿山脈上で戦っていた。
頬を撫ぜる風は暖かみを失いつつあり、ほとんど無に等しい知識を持って知らぬ所に行くのは些か不安であった。
丘の周りは森で囲まれていた。森は、というより暗いのは怖い。何が出てかるかわからないし、何でもないものが何か形を持っているように見えるからだ。
だが、幼い頃のままではない。妹に無断で借りた自転車のペダルを強く踏んだ。
15:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 23:20:39.51 ID:7V25B/L8o
坂道を上ることは一つの苦行である。
重力に逆らうのはこれほど苦しいものかと、上り続けるにはそれほどに体力を耐力を要するかということを感じながら漕ぎ続けた。
少し平たい土地に出た。
そこには別段求めていた何かがあるわけでもなかった。ただ平たく土地が右前方に広がっているように見え、左前方にはまだ上れそうな坂道があった。
小学六年生の頃はどこで引き返したっけと思い、振り返った。
想像以上に上っていたのか住宅の明かりや遠くに見えるコンビナートの明かりがクリスマスツリーに飾り付けるゴールドのモールのように燦然としていた。しかし、地平線に落ちているモールが見たくて上ったのではない。第一、今は夏真っ盛りだ。
16:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 23:22:55.62 ID:7V25B/L8o
僕は再び坂道を上った上った。
人はおらず、大声で歌いながらキリキリと上った。
物音がする。人だ。
畑に男女どちらともわからぬ人がいたが構わず歌いながら上った。汗でシャツもズボンもびしょ濡れであったがそれも構わず、やはり上った。
夕陽は落ちた。蒼い空の勝ちである。世界に闇が満ちはじめた。
いい加減上るのは辛くなってきた。
誰もいない。
こんな孤独な空間で上り続けて何が見つかるというのだ。決して暗闇が怖いとかそういうのではない、決して。小学六年生の続きをしたいならもっと早くから漕ぎ始めているべきだったのだ。後悔が募る。
17:1 ◆6VXkdOZ2kk:2012/08/31(金) 23:26:10.61 ID:7V25B/L8o
これ以上募らせても仕方ないので、降りることにした。
降りるときは楽だ。この感覚は何度も味わっている。
重力加速度によって引き上げられる。このスピード感は一度でもこの快楽に溺れた者のみぞ知れるもの、変にコケたらどうしようなどという心配は無用のものとして、余所に置いていかれ、何もかもずんずん進むのだ。
ペダルを踏む必要などない。両足のつま先は天を向き、ふくらはぎはふとももに線形従属していた。
坂を降り続け運動エネルギーを使い切ったあたりに僕はやむなく再びペダルを踏んだ。一つづつギアを落としながら。
終わり
19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋):2012/08/31(金) 23:43:15.99 ID:3if+2I/Oo
文章に引っかかるかと言われたら、別に引っかからない
続きが気になるかと言われたら、そうでもない
あっさり読めてあっさり終わった感じ
短いせいなのかな
続きがなくてこれで一つのお話なのだとしたら、もう少し印象に残る何かが欲しかったです
引用元
或る阿呆の夏休み
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1346421391/